勝山物語・Vol.04勝山恐竜物語

手取層群とは

日本の恐竜化石産地

日本には、いくつかの恐竜化石産地があります。その中でも、日本で最も古い地質時代の恐竜化石を発掘する場として有名なのが、手取層群です。

ライン博士

手取層群は、福井・石川・富山の北陸三県と岐阜県にまたがる中生代の地層です。手取層群には古くから多くの研究者たちによって調査が行われてきました。

その先駆けとなるのは、ドイツ人のライン博士です。

地理学者であったライン博士は、当時のプロシアから日本に派遣され精力的に工芸調査を行っていました。博士は山岳信仰にも興味を抱き、明治7年に白山信仰の総本山である白山に登頂します。その下山途中で、現在の白峰村桑島の化石壁付近で植物化石を採集しました。博士は、その標本を母国にいる植物研究者のゲイラー博士に送り研究を委託しました。これが、手取層群の地質学的研究の第一歩です。

ゲイラー博士・論文

ライン博士より明治9年(1876)に白峰村産植物化石標本を受け取ったゲイラー博士は研究に着手し、翌明治10年(1877)にPalaeontographica(古生物図説)に「日本のジュラ紀層からの植物化石」と銘打った論文を発表しました。

この論文の中には、加賀、金沢、牛首(白峰の旧地名)などの地名が登場しています。当時の日本では近代科学が始まったばかりで、我が国の地質学的資料はほとんどありませんでした。ゲイラー博士の手により地質時代が明らかになったことは、研究史上極めて大きな意義があったのです。博士の研究が後の日本人研究者による手取層群研究のきっかけになったといっても過言ではないでしょう。

1億年前の手取盆地

ライン博士、ゲイラー博士の研究を受けて、その後も小藤文次郎(東京帝国大学教授)や横山又次郎(東京帝大教授)、大石三郎(北海道帝大教授)などの研究者たちが手取層を調査しました。その中でも小林貞一教授(東京大学)の恐竜化石予測は特筆すべきものでした。

昭和25年、石川県の委託を受けた小林教授は東京大学と金沢大学の合同調査隊を結成し、手取側流域の中生代層を中心に地質調査を実施しました。この調査により、手取層群に直立樹幹が存在し、中生代の「化石林」が残っていることが明らかになったのです。教授は、この調査報告書として出版された『白山をめぐる地域の地質』のなかで、次のように述べています。

「・・・珪化木の転石を拾って以来、化石林の夢とそれを見いだそうという情熱は私たちに幸いした。大きな内陸盆地の三角州の夢の内に私は恐竜のさまようのを見いだしたいと熱望している。そのような和製の化石景観を頭に描く時、日本の地史に照らし合わせて、そんな世界が日本にあったとしても決して不合理ではない。・・・先走った感がするが、その事情を諒解して、事実は事実、夢は夢としてお読み取りを願いたい。幸いにして本稿が夢から大きなまことを生み出すもととならば、筆者の大いなる喜びである」

おそらく日本で本格的な恐竜化石が出てくるなどとは、その当時は信じられていなかったのでしょう。小林教授の筆致は「夢は夢」と抑え気味です。しかし、これだけの化石林があるのだから恐竜の化石が出てもおかしくはないはずだ。夢のような話だが、あったっていいじゃないかという教授の夢は、35年の歳月を経て現実のものとなるのです。

最初の恐竜化石発見

新聞・日本最古、恐竜の「歯」化石

昭和60年9月。福井県教育研究所研究員であった荒木哲治氏を経由して県立博物館にひとつの化石が届けられました。

赤い弁当箱

赤い弁当箱に入れられた化石は、県立博物館の依頼を受けた長谷川善和氏(横浜国立大学教授、当時)の鑑定により、肉食恐竜の歯の化石であることが判明しました。発見したのは、丹南高校三年生であった松田亜規さん。彼女は、昭和53年に見学に訪れた桑島の化石壁で、落石の中から発見した化石を大切に保管していました。この標本が、手取層群産の恐竜化石の第1号となるのです。小林教授が夢見た恐竜化石が遂に発見された瞬間でした。

当時、日本から恐竜化石が公表されていたのは
①岩手県(モシリュウ:竜脚類の上腕骨)
②熊本県(ミフネリュウ:獣脚類の歯)
③群馬県(サンチュウリュウ:獣脚類の尾椎骨ほか) の3県のみでした。
恐竜化石産出の地層から判断して、我が国で最も古い地質時代の恐竜化石ということが判明したのです。

勝山での恐竜発見

新聞・勝山で恐竜の化石

昭和57年夏に、勝山市北谷町杉山川左岸の崖で一本のワニ類の歯が見つかりました。これがきっかけとなって福井県立博物館建設準備室(当時)を中心とした調査が実施されました。その結果、全長約1.3mのワニ類のほぼ前進骨格が発見されたのです。恐竜時代のワニ類として、大陸とつながる河川系の存在を証明する大きな手がかりのひとつとなったこの発見は、これから行われた一連の恐竜化石発掘調査の原動力になりました。

テトリワニ

このテトリワニの発掘や松田亜規さんの恐竜化石発見などを受けて、福井県内での恐竜化石産出の期待が高まりました。そこで、昭和63年夏、福井県立博物館は勝山市北谷町杉山川左岸の崖を予備調査することになりました。ここは、6年前にワニ類化石が発見されており、同じ中生代の恐竜化石が発見されることが十分に期待できたからです。

予備調査の期間こそ3日間でしたが、期待通り肉食恐竜の歯が2本発見でき、これで福井県は国内6番目の恐竜化石産出県となりました。この年、福井県教育委員会と福井県は、翌年から5か年の計画で「福井県恐竜化石調査事業」として県の中期事業実施計画に組み入れ、恐竜化石発掘調査に本格的に取り組むことになります。

第1次恐竜発掘調査

平成元年より本格的な福井県恐竜化石発掘調査が開始されました。

この発掘調査は「層面法」と呼ばれる手法で進められました。
①まず、発掘が平面的にできるように目的となる地層の上部地層を除去する土木工事を行います。
②さらに、化石を含まない層を取り除いていき、発掘面を露出させます。
③発掘面に基準点を設けて、この基準点から1㎡ごとにグリッドを設定します。
④グリッドごとに発掘のグループを決め、グリッド内での標本採集位置を記録しながら発掘を進めます。

ポンプで川から水を汲み上げ発掘面を洗浄し、化石の有無を確かめながら発掘を進めるという慎重な作業を積み重ねていき、取り出された岩石は、全国から集まった調査員によって、ハンマーとタガネを使った手作業で1個ずつ化石が含まれているか確認されました。

第1次発掘調査壁面写真・第1次発掘調査グリッド写真

そして、ついにフクイサウルスが発掘されます。

フクイサウルスは、勝山市北谷町で発掘されたイグアノドン科の化石で、平成6年4月より全身骨格の復元作業に取りかかりました。

フクイサウルス・復元の打ち合わせ

世界的な恐竜研究家として名高い董枝明教授と商長涌助理工程師(中国内蒙古自治区博物館)を招いて1年間にわたる作業の結果、平成7年3月末に、ついに日本で発見された恐竜化石で初めての全身骨格が復元されたのです。

第2次恐竜発掘調査

実り多い結果をもたらした第1次発掘調査を踏まえて、平成8年より第2次福井県恐竜化石発掘調査が実施されました。

3か年にわたる発掘により、小型獣脚類の幼体の脚や腕の骨、恐竜の卵の化石が発見されるなど、第1次を大幅に上まわる成果を得ることができました。また、この結果を受けて、平成12年には、フクイラプトルの全身骨格が作られています。フクイラプトルは勝山市で発見された肉食恐竜で、前肢や後肢の骨がほぼ完全にそろっています。この全身骨格は肉食恐竜としては日本で初めて復元された全身骨格で、肉食恐竜が白亜紀前期に遂げた進化の謎を解く鍵として期待されています。

恐竜博物館

そして、フクイラプトルの全身骨格が公開された平成12年にはさらに特筆すべきできごとがありました。

ひとつめは、福井県立恐竜博物館がオープンしたことです。

豊富な恐竜化石の展示に加えて、国際会議に対応できる同時通訳ブースを備えた講堂や、化石クリーニング室・研究室などの様々な機能をもった博物館である県立恐竜博物館は、日本の恐竜研究の拠点となることが期待されています。

そして、もうひとつの出来事は「恐竜エキスポふくい2000」が行われたことです。

恐竜エキスポ

7月20日から9月17日まで行われた恐竜エキスポは、勝山・大野・和泉の3市村(当時)の会場に合わせて127万7千人が来場するという盛況を見せました。

和泉村ではディノベンチャーバスとして、週末に2時間の村内周遊バスを走らせました。和泉村の横顔を知ってもらおうと2コースに分けて村民12人の語り部が交代で添乗し、村の名所や歴史を紹介しました。

大野市では、着物やはかま、ドレスなどで着飾った「人力車に似合う衣装コンテスト」の参加者14人を乗せて石畳の通りを練り歩きました。 恐竜エキスポのちびっ子プロデューサーやフクイリュウ、近く結婚する市内のカップルも乗車。沿道は昔の風情にひかれてやってきた多くの人々でにぎわいました。

恐竜エキスポ・お酒

ちなみに、恐竜エキスポを記念して造られたお酒がこれです。

勝山のメイン会場だけでも延べ4500人のボランティアが参加し、多くの人々の力を結集した恐竜エキスポは大成功に終わりました。

県立恐竜博物館は、開館後も順調に来客者数を伸ばしてきました。これは恐竜という魅力溢れるテーマを扱っていることもあるでしょうが、毎年異なる常設展を行ったり、レイアウトを変えてみたりと工夫を凝らし続ける博物館の努力に負うところが大きいといえるでしょう。

  来客数 特設展
平成12年度 70万人 恐竜エキスポふくい2000
平成13年度 25万3千人 ロイヤルティレル
平成14年度 23万8千人 眠りからさめた福井の恐竜
平成15年度 25万6千人 オーロラを見た恐竜たち
平成16年度 24万3千人 中国大陸の6億年
平成17年度 24万3千人 大空にはばたいた恐竜たち
平成18年度 29万8千人 恐竜以前
平成19年度 38万3千人 クジラが陸を歩いたころ
平成20年度 35万4千人 絶滅期の恐竜と新時代の生き物たち

(注:平成20年度は12月末日までの集計)

第3次恐竜化石発掘調査

来年は県立恐竜博物館の開館10周年です。これからも私たちを驚かせ、楽しませ、興奮させてくれることでしょう。

さて、福井県は今、第3次恐竜化石発掘調査を開始しました。第1次・第2次と広げてきた地層面を崖の奥へ更に掘り込んでいきます。竜脚類の上腕骨、尺骨、大腿骨や、歯、肋骨などが発見されたことから、この研究・復元が期待されます。その他にも多くの化石が発見されており、現在クリーニング室で取り出し作業が行われていますので、こちらでも新たな発見があるかもしれません。

日本の恐竜化石の約8割を発掘し、フクイラプトルやフクイサウルスの国内初の全身骨格復元など大きな成果をあげた恐竜化石調査事業は、これからも続くことでしょう。

どのような化石が出てくるのでしょうか。私たちは楽しみに待ちましょう。